となりのポチ
ポチ(♂)、隣の家の猫。
家のお隣さんは8匹の猫と一緒に暮らしている。
その中で、ポチだけは外に出ていることが多い。 いや、ご飯と寝る時だけは家に戻っているのが正確かな。
だから、僕が家を出る時と、戻ってくる時にはほとんど顔を合わすことになる。
僕の一番身近な猫がポチなのである。
でも、ポチと仲良くなったのは僕が猫の写真を撮りだしてしばらくしてからのこと。
それまでは、近づくと逃げてしまうし、僕自身も「隣の家の猫」という認識くらいしかなかったし、正直、僕の車のボンネットで寝ていたら、「シッシッ!」と言って追い払っていたくらいだ。
それから、一眼レフカメラを持つようになり、家の前にいる猫にカメラを向けるようになる。
でも、この時は彼の名前を知らなかった。
僕の家の前には畑があり、暖かい時期は花がたくさん咲いていて、蝶もやってくる。
カメラを手に入れたばかりの頃は、この畑は僕のカメラの練習場としてもってこいだった。
そして、いつものように寝そべってる猫も撮るようになった。
ある日、気持ち良さそうに寝ている猫に手を伸ばしてみた。
油断をしていたのだろうか? 寝ぼけていたのだろうか?
何年も家の前の道路で見かけている名前の知らない猫を、この日、初めて触った。
その日を境に、僕とその猫の距離は短くなり、いつしか、「おーい!」と呼ぶと「にゃー」と返事をして近寄ってくるようになった。
花や蝶のついでに撮っていた被写体が、いつの間にか友達になっていた。 そして、その友達が『ポチ』という名前であることを知ったのはもう少し後のことだった。
猫を撮りだして、まだ2年くらいなので、このポチとの関係が築かれてから、それほど経っていないことになる。
でも、今では、車庫に駐車したばかりの車のボンネットに、自分からポチを乗せてあげるようになったくらいだし、ポチも僕の膝で爪を研ぐようになった。
何かの弾みで目線が変わると、考え方や感じ方も変わってくる。
僕自身が変わったわけじゃないのに、明らかに昔と違う行動をしているのが面白い。
そんなポチと去年の11月、しばしの別れが来た。
隣の家がリフォームをするので、その間、隣市に引っ越すことになったからだ。
もちろん、ポチも他の猫たちと一緒に連れて行かれることになった。
しかし、引っ越したその日のうちに猫たちが脱走してしまう。
そして、いつも外に出ていたポチだけが戻ってこなかった。
新しい土地で迷ったのだろう。
ポチはその後、年が明けてからも帰ってこなかった。
ポチのことだから、どこかで逞しく生きてるだろう!と自分に言い聞かせてたけど、心の隅で、彼とは二度と会えないことを覚悟した。
そして、今から少し前の話。
隣の家のおばさんが、僕の撮ったポチの写真が欲しいと言ってきたことを母から伝えられた。
引越しの時に猫の写真をどこかにしまって、見つからないとのこと。
おばさんは、保健所に問い合わせてみたり、娘さんたちも張り紙を作り、ポチを探し続けていた。
僕はただ、帰宅時にポチのお迎えがないのを寂しいと感じていただけなので、むしろ、写真を渡せることが嬉しかった。
その写真は新聞に載せられ、ポチの消息を知る人からの連絡を待つことにしたのでした。
本当に最後の手段であり、そして、それは藁にも縋る思いだったろう。
その呼びかけは、19日から3日間、新聞の夕刊に掲載された。
そして、新聞に掲載された初日の19日の夜、おばさんから母に電話があった。
ポチが見つかったのだ!!!
ポチは1ヶ月前くらいから、とある方からご飯を貰っていたとのこと。
そして、その方の知り合いの人がその新聞を見て、連絡をしれくれたのだった。
一ヶ月近く知らない土地を彷徨い、やせ細った猫は、幸運にも心優しい方のところに辿り着き、そして、今は仮の家だけど、自分の居場所に戻ることができたのでした。
これほど、猫の写真を撮ってて良かったと思ったことはない。
一生懸命探し続けたおばさんたち、そして、迷い猫に手を差し伸ばしてくれた人たちに僕は感動を覚えた。
ポチも、もちろん大変な思いをしただろう。
でも、ポチは幸せものだと僕は思う。
また、こののんびりした姿を見るのを楽しみにしている。
そして、2度と新聞には掲載されない写真を撮りたいと思う(笑)。